ぐわぐわ団

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『ノストラダムスの大予言』を読みました

こないだの記事「私も人の子です」で『ノストラダムスの大予言』を買ってしまったとお伝えしたのですが続報です。読み終えました。1999年7月に世界が滅ぶというセンセーショナルな内容で昭和の時代を恐怖のずんどこに陥れた大ベストセラーです。「ちびまる子ちゃん」でもノストラダムスの大予言に絶望し、どうせ世界は滅びるんだからと自堕落な生活をしようとするも、もし世界が滅びなかったらどうするの?とお姉ちゃんに言われて改心したというお話がありましたが、とにもかくにも『ノストラダムスの大予言』とはどんな本であったのか。本邦初公開です。そんなことはない。

それはそうと、草むしりのお仕事を終えて、へろへろになって電車に乗って、気合を入れて『ノストラダムスの大予言』を読もうとしたのですが、何度読んでも、これがもうびっくりするほど眠たいの。疲れているからか、頭に入ってこないの、中身が。今は2017年ですから、もしノストラダムスの大予言が的中していたら、こんな本を読んでいるはずはないですし、私はこの世にはいないはずなのです。1970年代に読むのと、2017年に読むのでは、そもそも緊迫感が違います。1999年はいったいどうなるんだろう、ドキドキ!みたいなのがあるから、おっかなびっくりページをめくることができるわけで、2017年の今は残念ながら何が書いてあっても「はずれ」なのです。殺気立ったものは何もなく、ただただ「はずれ」が書いてあるのです。これはもう……ツラい。数行読むたびに襲いかかる眠気。実に苦行と言えます。

そして、なんとか読み進めてはみたものの、別に科学的な根拠や裏付けがあるわけでもなく、ただ作者が「俺様はこのノストラダムスの詩はこういうことが書いてるんだと思うぜ!」みたいなジャイアニズム満載の俺様解釈を滔々と語るので、だんだんあほらしくなってくるのです。いやいや、それはあまりにも解釈がひどいとか、そんなわけないやんとか、とりあえずツッコミを入れながら読み進めるものの、だんだんツッコミを入れるのも疲れてくるというか、一事が万事、俺様解釈で話が進むので、なんだろう、要領を得ないクレームの電話を受けている感じ。「知らんがな。」って喉元まで出かかっているけど、とりあえずそんなことを口にしたら余計に面倒になるから、はいはいと聞かざるを得ない状況。最後のほうはまさにそんな感じでした。

というわけで、読みました。褒めてください。合掌。

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