ぐわぐわ団

ぐわぐわしたり、もんにょりしたり

古新聞の塔

ずぼらを決め込んで、古新聞を積みに積むこと数ヶ月。にょっきりと古新聞の塔が完成しておりました。PLの塔みたいに「なんじゃこりゃ!」な感じでもなければ、名古屋のテレビ塔のように電波を出して役に立つというわけでもなく、単なるずぼらの結晶なわけでございまして、面倒だと言って放置しておけば、ずんずん成長していくので、ここらでひとつ整理しないといけないと思い立ち、ほんとにわずかしか存在しない貴重なやる気を奮い立たせて、塔の解体作業を始めることにしたのです。

ビニール紐をべーっと伸ばして、ある程度の量の古新聞をひとまとめにして、ぐるぐると紐で巻く。それだけの作業です。何も考える必要もなく、時間を使って、ぐるぐるするだけです。何度か同じ作業を繰り返すと、古新聞の塔がきれいさっぱりなくなりました。ちょいちょい解体作業をすれば、そんなに手間もかからないし、ゴミ捨て場まで持って行くのに何度も往復する必要もないのですから、ちょいちょいすればいいのですが、そうは問屋がおろさないのです。そういうことは十分理解しているのです。

夏休みの宿題も、毎日ちょっとずつ計画的にすればいいのです。卒業論文もコツコツとデータを集めておけば、そんなに苦労しなくとも済むのです。ごはんを作るのも、下ごしらえをしておけば、作る時はささっと作れます。そんなことは頭では十分過ぎるほどわかっているのです。「計画的に」という言葉ほど、残酷な言葉はありません。「ご利用は計画的に」消費者金融のCMでよく言われる言葉ですが、ご利用を計画的に考えるのであれば、あんな高い金利を払ってお金を借りなくてもよいのではないかと。つまり、計画的にというのは理想であって、現実ではないのです。

なにをぐずぐず書いているのかと思われるかもしれませんが、結局のところ、ぐずぐずなんです。ぐずぐずなのが当たり前なのです。古新聞がえらいことになっているからといって、すぐに何とかできれば、こんなブログを書いていません。役に立つブログはたくさんありますが、古新聞の整理をするのにも一苦労という、本気でどうでもいいことをぐずぐず書いた挙句、計画的になどというのは理想であって現実ではないと、意識高い系の人たちからすれば、何を言っているのか!と激怒されそうなことを書いているわけで、ぐわぐわ団は計画的にできない人の味方なのです。

なんとかかんとか昼過ぎまでぐだぐだしつつも古新聞をまとめて、ようやくゴミ捨て場に持って行こうと家を出たら、朝刊が扉に刺さっていました。ぎゃー!もうやめてぇ〜!と叫びたくなりました。合掌。

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