ぐわぐわ団

ぐわぐわしたり、もんにょりしたり

今さらながら自己紹介

そういえば、ちゃんとした自己紹介をしていませんでした。せっかくなので、私の今までの経歴を書いておきましょう。もちろん、身バレがイヤということもあるので、若干のフィクションを織り交ぜていることをご了承ください。

1938年(昭和13年)満州国の首都新京(現:長春市)で生まれる。翌年、父が満州国駐日大使館に勤務となり、東京に行く。満州時代、自身の経験をもとに作詞作曲した「オラ東京さ行ぐだ」は、後年吉幾三が歌うことで大ヒットとなる。1930年(昭和5年)、大阪市難波塩草尋常小学校(現・大阪市立塩草立葉小学校)に入学。入学後の成績は300名中でビリに近く、慌てて勉強をしたら二学期にはビリに。三学期に慌てずゆっくりと勉強をしたら、トップ当選。参議院議員となる。以後、三期連続で当選を果たし、「小さなことからコツコツと」をモットーに実直に活動。その後、終戦。

レイテ沖で漂流していたところを米国の原子力空母ロナルド・レーガンに救出され、艦長に就任。ここでも「小さなことからコツコツと」をモットーに実直に活動。この時の実績を買われ、ドナルド・トランプから政権への参加を求められるが、日本での「ぐわぐわ団」の活動に専念したいと伝え、初の日本人によるアメリカ大統領への就任は白紙となる。

戦地からの復員後は、職を転々とするが、ヤギが常に自分の周りにいるという特性を生かして草むしりを生業とし、生計をたてる。草むしりをさせたら右に出るものも左に出るものもおらず、草むしり界のバーニングと呼ばれ、恐れられる存在に。草をバーニングしたら燃えてしまいますから。

こつこつと「負けいくさ」というブログを書いていたが、ふとしたきっかけで「ぐわぐわ団」に場所を変え、今まで以上にわけのわからない文章を書き殴る日々。だいたい、1000字ほど書いたら飽きるというか、こってりするのが悩みのタネ。

過去、コバルトという雑誌に一度だけ小説を投稿したことがある。「ひげおばさん」というタイトルで、延々とひげおばさんが部屋を丸く掃除するという内容で、もちろん入選するわけもなく、なんとなく名前とタイトルだけがコバルトに掲載されるという結果に。いや、タイトルは「人生クリスマス」だったかな、遠い過去の話過ぎて、ちっとも覚えていません。

小説も書いてみたいと思うのですが、とにかく1000文字ほど書いたらこってりする、冒頭の数行で破綻する、という地獄の体質なもので、長編小説が書ける気がしない。というわけで、引き続き「ぐわぐわ団」でぐちゃぐちゃと文章を書くのです。合掌。

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