ぐわぐわ団

ぐわぐわしたり、もんにょりしたり

老人と膿

先日「老害という言葉の持つ危険性」という記事で、老人が若者より上に立とうとする意識が世代間の断絶を生むということを書いた。老人は若者より長く生きているからこそ、自分の人生経験をもとに、若者の上に立とうとするし、自分の考えを押し付けようとする。一方、若者は、昔と今とでは全てが違っていることを知っている。昔はこんなことがあった、あんな苦労があった、今の若者は恵まれているなどと言われても、世迷言にしか聞こえない。若者には若者の苦悩があり、厳しさがあり、生きにくさがある。そんな今を理解せずに、昔はこうだったと言われても、反発しかできない。当たり前といえば当たり前の話で、現状認識ができなければ、正しい判断などできるはずはないのだ。にも関わらず、現状認識なしに、自分自身の経験だけで物事を判断し、優位性を保とうとするから、老害という言葉が生まれるのである。

めっちょこ眠たくて、とりあえず思いつくまま、なんとなく偉そうに文章を書いてみたら、こんなことになりました。もちろん、先日「老害という言葉の持つ危険性」という記事なんて書いた覚えもないし、実際に書いていません。こういうのをオニオン記事と言うんでしたっけ?読んでたら、あまりにもんにょりして涙が出てくるようなの。

……オピニオン記事です。なんでも英語にすりゃええってもんでもありませんね。オピニオンまで英語なのに、どうして最後が日本語で記事なのか、ここからしてもんにょりするんです。頭が英語で最後が日本語、バーブ佐竹みたいな感じでしょうかね。

眠たいんですよ。だから、オチも考えずにとりあえずキーボードを叩いたら、今日は偉そうなのが出てきた次第です。それ以上に、タイトル。なんじゃ、老人と膿というのは。タイトルで詐欺をはらたいららエラくおこらりるというのを聞きますので、なんとなく老人と膿で文章を進めます。

ていうかね、「老人と膿」で検索してみましょう。いろんな人がこの単語を思いついて、小説を書いたり、ブログを書いたりしています。もはや、二番煎じどころか、百番煎じの出がらしまくり、といったところでしょうか。人間の脳というのは、素晴らしいようで、実に同じことしか思い浮かばない典型例です。たぶん、ヘミングウェイも「老人と膿」というタイトルを思い浮かべて、こっちのほうがおもしろいんちゃうん?とニヨニヨしたはずなのです。でも、編集者に「老人と膿?はいはい、おもしろいですね、さあ、さっさと「老人と海」を書いてください!」と叱られたのです。それぐらい、人間の脳というのは難しいようで、実は簡単なのです。そのうち、コンピュータに抜かれてしまって、みんなでべよべよするしかなくなるのですよ、そういう世界にもう片足を突っ込んでいるのです。

眠たさに身を任せるままに文章を書いてしまいまして、気がついたら結構な文量に。それでは、おやすみなさいませ。

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